久米島選挙暴動(くめじませんきょぼうどう)とは、1965年11月15日にアメリカ占領下の沖縄の仲里村で発生した暴動。
教公二法阻止闘争事件(きょうこうにほうそしとうそうじけん)は、1967年2月24日にアメリカ占領下の沖縄の那覇市の立法院前で発生した争議事件。
コザ暴動(コザぼうどう、Koza Riot)とは、1970年12月20日未明に琉球政府統治下のコザ市(現在の沖縄県沖縄市)で交通事故を契機に発生した車両焼き討ち事件である。当時の沖縄は米国民政府によるアメリカ合衆国の施政権下にあり、米軍人や軍属などが琉球人に対して行なった犯罪や事故に対して下される処罰が軽微であるとして、群衆の間に不満があったことがその背景にあるとされている。コザ騒動(コザそうどう)、コザ事件(コザじけん)、コザ騒乱(コザそうらん)とも呼ばれる。

沖縄刑務所暴動(おきなわけいむしょぼうどう)とは、1954年11月にアメリカ占領下の沖縄の那覇市にあった沖縄刑務所で発生した暴動事件。
宮古農民騒動(みやこのうみんそうどう)とは、1965年7月24日にアメリカ占領下の沖縄の平良市(現宮古島市)で発生した暴動事件。
米国民政府乱入事件(べいこくみんせいふらんにゅうじけん)とは、1969年7月25日にアメリカ占領下の沖縄の浦添村(現浦添市)の琉球列島米国民政府庁舎に過激派学生が不法侵入した事件。
警廃事件(けいはいじけん)は、1926年7月に長野県で起きた警察署廃止に対する反対運動である。運動の過程で、暴徒化した住民らが県庁等を襲撃し、騒擾事件に発展した。当時の報道では長野騒擾事件という呼称が使われた。
首都圏国電暴動(しゅとけんこくでんぼうどう)とは、1973年(昭和48年)4月24日、国鉄労働組合(国労)・国鉄動力車労働組合(動労)の順法闘争に反発した乗客が首都圏の国鉄駅で同時多発的に起こした集団暴動事件である。
尾花沢派出所襲撃事件(おばなざわはしゅつじょしゅうげきじけん)とは、昭和22年(1947年)10月20日に、山形県北村山郡尾花沢町(現尾花沢市)で発生した事件。
富山駅前派出所襲撃事件(とやまえきまえはしゅつじょしゅうげきじけん)とは、昭和21年(1946年)8月5日に、富山県富山市で発生した事件。
上尾事件(あげおじけん)は、1973年(昭和48年)3月13日、国鉄労働組合(国労)と国鉄動力車労働組合(動労)の順法闘争に反抗した利用客が国鉄高崎線上尾駅(埼玉県上尾市)で起こした集団暴動事件である。
東京戦争(とうきょうせんそう)とは、1969年(昭和44年)9月30日に東京都で発生した左翼暴動事件。
長崎警察署襲撃事件(ながさきけいさつしょしゅうげきじけん)とは、昭和21年(1946年)5月13日に、長崎県長崎市で発生した事件。
高田事件(たかだじけん)とは、昭和27年(1952年)5月に愛知県名古屋市で発生した公安事件。瑞穂警察署管内の高田派出所を襲撃した事件と、その直前に起きた同時多発事件の総称である。裁判において、日本国憲法第37条1項に定める迅速な裁判を受ける権利が問題となった。
武生騒動(たけふそうどう)とは、福井県越前市で明治維新後の明治3年に発生した暴動。
新宿騒乱(しんじゅくそうらん)とは、1968年(昭和43年)10月21日に東京都新宿区で発生した左翼暴動事件。
大阪戦争(おおさかせんそう)とは、1969年(昭和44年)9月22日に大阪府大阪市で発生した左翼暴動事件。
本郷事件(ほんごうじけん)とは、昭和24年(1949年)6月2日に、福井県大飯郡本郷村(現・おおい町)で発生した公安事件。
長崎事件(ながさきじけん)とは、1886年8月に長崎に来航した清国北洋艦隊水兵が起こした暴動事件。

阪神教育事件(はんしんきょういくじけん)は、昭和23年(1948年)4月14日から同年4月26日にかけて大阪府と兵庫県で発生した在日韓国・朝鮮人と日本共産党による民族教育闘争、騒乱事件。阪神教育闘争とも呼ばれる。GHQは、戦後唯一の非常事態宣言を布告した。
坂町事件(さかまちじけん)とは、昭和21年(1946年)9月22日に、新潟県岩船郡保内村(現・村上市)で発生した事件。
園田事件(そのだじけん)は、日本の園田競馬場において、競走の成立に関する審判が原因となって起こった暴動である。園田焼き討ち事件、園田騒擾事件、スマノダイドウ事件などともいわれる。
羽田事件(はねだじけん)とは、1967年(昭和42年)に東京都大田区で発生した左翼暴動事件。10月の第一次事件と11月の第二次事件の総称である。
渋谷事件(しぶやじけん)とは、昭和21年(1946年)7月19日午後9時、東京都渋谷区渋谷警察署前で起った、渋谷警察署・暴力団の落合一家・暴力団の武田組・愚連隊の万年東一(愚連隊の元祖と呼ばれた)一派の連合隊と、在日台湾人との抗争事件。渋谷警察署を襲撃した在日台湾人を、渋谷警察署・落合一家・武田組・万年一派が迎え撃ったとする説と、渋谷駅に帰宅中の在日台湾人を、渋谷警察署・落合一家・武田組・万年一派が突然一方的に襲い掛かったとする説がある。

日比谷焼打事件(ひびややきうちじけん)は、日露戦争後の賠償に対する不満から、1905年9月5日、東京日比谷公園の集会をきっかけに起こった暴動のこと。
枝川事件(えだがわじけん)とは、1949年(昭和24年)4月6日から4月13日にかけて東京都江東区枝川で発生した事件である。
王子朝鮮人学校事件(おうじちょうせんじんがっこうじけん)とは、1951年(昭和26年)3月7日に東京都北区で発生した事件である。
東成警察署襲撃事件(ひがしなりけいさつしょしゅうげきじけん)とは、昭和26年(1951年)12月1日に、大阪府大阪市東成区で発生した事件。
東峰十字路事件(とうほうじゅうじろじけん)とは、1971年(昭和46年)9月16日に成田空港建設予定地であった反対派の土地に対して、千葉県による第二次行政代執行が行われた際に、警備にあたっていた警察部隊と空港反対派との衝突により警察官3名が死亡した事件である。この事件で空港建設に反対していた農民組織である三里塚空港反対同盟の青年行動隊員の多数が逮捕、55名が起訴されたが、十数年の裁判を経て3名が無罪、52名が執行猶予付の懲役刑となり実刑判決は無かった。これは、当初から警察官への襲撃に全く関わっていなかったか、襲撃に関与していても、多人数による騒乱状態の中で行われたため、誰が誰に対し、どのような行為をしたか、具体的に警察や検察が証拠を提示できなかったことが理由として挙げられる。
高田ドブロク事件(たかだどぶろくじけん)とは、1949年(昭和24年)4月7日から4月11日にかけて新潟県内で発生した事件である。

長田区役所襲撃事件(ながたくやくしょしゅうげきじけん)とは、昭和25年(1950年)11月20日から11月27日にかけて、兵庫県神戸市長田区で発生した公安事件。