アート・スピーゲルマン(Art Spiegelman、1948年2月15日 - )は、アメリカ合衆国の漫画家、編集者。父親の収容所体験を擬人化したネズミに託して描いた作品『マウス』で知られる。
スピーゲルマンはスウェーデンのストックホルムに、ポーランド系ユダヤ人の難民の家庭に生まれた。彼はニューヨーク州クイーンズ区のレゴーパーク地区に育ち、マンハッタンの美術高校を卒業したのち、ハーパー大学(現ニューヨーク州立大学ビンガムトン校)に通った。この大学は卒業はしなかったが、彼はこの30年後にここで名誉博士号を受け取ることになる。またこの大学では映画製作者のケン・ヤコブス(Ken Jacobs)の授業を聴講し、彼と親交を持った。スピーゲルマンはヤコブスの作品と彼の教えに大いに触発されたことを認めている 。
スピーゲルマンには彼が生まれる前に死んだリチュー(Richieu)という兄がいた。リチューは第2次世界大戦のさなかに叔母の家に預けられた(彼女の住んでいたザヴィルチ(en:Zawiercie )のゲットーの方がソスノヴィエツのそれよりも安全だと考えたためである)が、ナチスがザヴィルチのゲットーから人びとを国外追放し始めると、叔母は彼女とリチュー、そして彼女自身の娘と姪とともに服毒自殺してしまった。『マウス』第1巻では、スピーゲルマンは両親が当時未だに最初の息子の死を悲しんでいたことで、兄の写真に対し兄弟葛藤(en:sibling rivalry)のようなものを覚えたと述べている。『マウス』の第2巻はリチューとスピーゲルマンの娘・ナジャ(Nadja)に捧げられている。
1968年の冬、スピーゲルマンは短いが強い神経衰弱の症状に悩まされた(この出来事は時おり彼の著作で言及されている)が、スピーゲルマンが精神病院から退院したあと、彼の母親は自殺してしまう。1960年代から70年代にかけて、スピーゲルマンはアンダーグラウンド・コミック運動の立役者であり、Real PulpやYoung Lust、Bizarre Sexなどの作品出版に貢献していた。彼は2つの重要なコミックアンソロジーの出版社を共同で設立していた。ひとつは1970年代のはじめにサンフランシスコでビル・グリフィス(en:Bill Griffith)とともに作った「Arcade」であり、もうひとつは彼の妻であり、アーティストであり、後にザ・ニューヨーカーの編集者となるフランソワーズ・モーリー(en:Francoise Mouly)とともに1980年に立てた「Raw」である。
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