構造改革特別区域

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構造改革特別区域(こうぞうかいかくとくべつくいき)、略称・構造改革特区(こうぞうかいかくとっく)は、「構造改革特別区域法」第二条に規定される、従来法規制等の関係で事業化が不可能な事業を、特別に行うことが可能になる地域をいう。

概要

中国経済特区が改革開放による経済発展の呼び水となったことにヒントを得て、小泉内閣規制緩和政策として採用されたもので、2002年9月に担当大臣を任命し、2003年4月1日に法施行された。特徴として、これまでの経済政策と違って国からの財政支援がない一方、計画に具体性があり法令に適合し、特区の内容が目的のために必要なものならば認定され、全国一律だった地方自治に風穴を開けるものである。また、特区で行われた政策が十分な効果をあげた場合、全国に拡大されるので、規制緩和の呼び水にもなっている。経済産業省の若手官僚であった後藤祐一実現男)が、自宅浴室で考え付いたことは関係者の間では有名な話。

初代特区担当大臣は、鴻池祥肇参議院議員で、教育改革で文部科学省相手に激論を戦わすなど、改革派官僚と組んで従来の大臣の印象を一変させた。 なお、特区で行われた規制の全国展開にあたっては、総理大臣を本部長とする構造改革特区本部に下に設けられた評価委員会が、各規制所管省庁との議論を経て、総理大臣に意見を提出する。初代評価委員長は、八代尚宏国際キリスト教大学客員教授。その他の委員には、白石真澄東洋大学助教授、市川眞一クレディ・スイス証券チーフ・ストラテジストなどがいた。なお、当初は、三木谷浩史楽天会長や、野中ともよ三洋電機会長、北川正恭早稲田大学大学院教授も委員を務めていた。例としては、認可第1号となった群馬県太田市清水聖義市長)の外国語教育特区などがある。これは小学校から高校まで国語などを除き、すべて英語で授業を行うという構想である。

2004年現在、合計5回の認定があり、新規認定数(更新認定を含まない)はそれぞれ第1回認定117件、第2回認定47件、第3回認定72件、第4回認定88件、第5回認定80件であった。

なお、法改正により特区とする必要がなくなった場合や、当該自治体の議会による採決、あるいは特区進行中の首長交代による方針転換の影響で、特区認定が実現できない、あるいは特区が消滅する場合がある。

2004年認定の大阪府箕面市の市費負担教職員任用特区のように実施に要する予算議会で否決されたため、実現できなかった事例がある。


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出典:フリー百科事典『ウィキペディア』 改訂履歴

 
 
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