稲川会

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稲川会の代紋

稲川会(いながわかい)は、東京都港区六本木に本拠を置く日本指定暴力団。構成員は2004年末現在で約5100人。関東に本部を置く指定暴力団としては住吉会に次ぐ大組織で、関東一円はもとより北海道から九州まで全国に拠点がある。

歴史

稲川会結成まで

1949年昭和24年)頃、横浜の綱島一家五代目の鶴岡政次郎の貸元であった稲川聖城静岡県熱海市の山崎屋一家を継承し、稲川興業(いながわこうぎょう)の看板を掲げた[要出典]

詳細は稲川聖城を参照

稲川会初代

詳細は稲川聖城を参照

稲川会二代目

1985年9月、稲川聖城が自ら創設した総裁職に就き石井隆匡が2代目会長に就任。

詳細は石井隆匡を参照

稲川会三代目

1990年6月、稲川聖城の実子である稲川裕紘が3代目会長に就任。極東会住吉会と親戚縁組した。1992年6月、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」に基づき指定暴力団として現在まで指定されている。

詳細は稲川裕紘を参照

稲川会四代目

2005年5月に稲川裕紘が病死してからは会長が空席となったが、稲川裕紘が死去する直前の同年3月に編成した、実子(長男)・稲川英希(英生)を本部長に、その側近を理事長に据えた新体制が組織運営を担った。

かつては一枚岩の団結を誇っていた同会だったが、2006年5月の稲川裕紘の一周忌法要以降、定例会を内部の2派が別々に開くなど事実上の分裂状態に陥った。同年7月19日には、横浜市の二代目山川一家 池田組事務所で特別顧問・角田吉男(74歳)が4代目継承式を、熱海市の本家で本部長・稲川英希(32歳)が5代目継承式を、それぞれ同時間帯に別々に行い、2人が会長を名乗る異常事態に到ったが、創設者である総裁・稲川聖城が角田側の式に臨席したことも決め手となって4代目・角田で再統一が図られた。

2007年5月、横浜市に「稲川会館」を建設し、盃式その他稲川会の団結のシンボルとしても機能を果たしている。

同年12月22日、初代会長で総裁の稲川聖城が、肺炎のため、入院先の東京都内の病院で死亡した(93歳)。

政界との関係

- 小泉純一郎首相の選挙対策本部長である竹内清(前神奈川県議会議長)は、元組員であり、故石井会長と非常に親しい関係にあった。小泉純一郎の選挙区であり、稲川会の本拠地でもある横須賀では、両者の結びつきはきわめて強い。

歴代会長

・稲川興業組長(1949年~19**年) - 稲川聖城


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出典:フリー百科事典『ウィキペディア』 改訂履歴

 
 
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